AD変換とは?種類と仕組みをわかりやすく解説

2025/12/08

コラム

AD変換(アナログ・デジタル変換)は、センサー計測、音声処理、制御機器の精度と性能を左右する中核技術です。しかし、「開発したい製品の要求仕様に、どのAD変換方式(SAR、デルタシグマなど)が最適か?」の判断に迷う開発担当者の方も多いでしょう。
そこで本記事では、AD変換の基本原理と回路の仕組みを簡潔に解説した上で、開発目的に合わせた各方式の具体的な違いと選定基準をわかりやすく比較します。

AD変換の基本知識|なぜ変換が必要か、その役割と原理


AD変換(Analog to Digital Conversion)とは、温度、音、圧力などの連続的な物理量(アナログ信号)を、コンピュータやマイコンが処理できる離散的な数値(デジタル信号)に変換する技術で、この変換を行うのがAD変換器(ADC:Analog to Digital Converter)です。

AD変換

AD変換は、「標本化(サンプリング)」「量子化」「符号化」の3段階で構成されます。

1.標本化(サンプリング)

連続するアナログ信号を一定のサンプリング周波数(fs)で時間ごとに区切ります。このサンプリング周波数の半分が、理論上の上限周波数(ナイキスト周波数)となり、製品が処理できる信号の最高周波数を決定します。

2.量子化

サンプリングされた電圧値をあらかじめ定められた段階に割り当てます。この段階数は分解能(ビット数)によって決定されます。例えば、12ビットADCなら2の12乗=4096段階で表現され、高いビット数ほど測定できる最小の変化量(精度)が向上します。

3.符号化

量子化された値を2進数に変換し、デジタル回路が扱える形式にします。

AD変換の性能を評価する上では、以下の指標が重要になります。

・分解能

測定精度。ビット数が多いほど高精度になります。


・サンプリング速度

1秒間に何回サンプリングできるか。高速な信号処理に不可欠です。


・変換誤差

測定値の正確性に影響します。


・量子化誤差

測定値の正確性に影響します。分解能に起因する、原理的に避けられない誤差。


・非直線性誤差(INL/DNL)

測定値の正確性に影響します。AD変換器の非理想的な特性に起因する誤差(オフセット誤差、ゲイン誤差などを含む)。高精度なAD変換器選定において特に重要です。

これらの基本性能(分解能、速度、誤差)はトレードオフの関係にあり、製品の要求仕様を満たすための最適な方式選定が重要になります。
※トレードオフの関係とは、両方を同時に最大値にはできない状態のことです。

【開発担当者必見】AD変換の主な種類と製品に合わせた具体的な選び方


AD変換器は、開発する製品の「速度」「精度」「コスト」という主要な要求仕様に最適な方式を選ぶことが必須です。製品開発で最も使用頻度が高い「SAR型」「デルタシグマ型」「パイプライン型」の特性は以下の通りです。

逐次比較型(SAR型)

・特徴と強み

速度と精度を両立し、汎用性が高い。 内部の比較器とDACで逐次的にデジタル値を決定する。低消費電力。


・速度・分解能

中~高速(数MHz~数十MHz)/ 中~高分解能(10~16ビット)


・主な使用例

モータ制御、バッテリー監視、汎用マイコン内蔵AD変換器

デルタシグマ型(ΔΣ型)

・特徴と強み

ノイズ耐性が高く、高分解能方式。 オーバーサンプリングとデジタルフィルタ処理により高い実効分解能(ENOB)を実現。


・速度・分解能

低速(数Hz~数百kHz)/ 高分解能(16~24ビット以上)


・主な使用例

精密計測器、医療機器、高音質オーディオ

パイプライン型

・特徴と強み

高速領域での現実的な選択肢。 複数のAD変換ステージを直列にし、並行処理で速度を向上。


・速度・分解能

高速(数十MHz~数GHz)/ 中~高分解能(10~16ビット)


・主な使用例

デジタルオシロスコープ、高速通信、画像処理

また、方式を選ぶ際は、製品の特性に応じて「速度」「分解能」「コスト」「ノイズ特性」を比較検討することが重要です。

●高速性が最優先の場合(リアルタイム処理・広帯域)

信号の変化が速い、または広帯域の信号処理が必要な場合は、パイプライン型が第一候補です。特にデジタルオシロスコープや高速通信機器のように高速サンプリングが求められる分野で採用されます。フラッシュ型も高速ですが、回路規模とコストが高すぎるため、パイプライン型が現実的な選択肢となります。

●精度・高分解能が最優先の場合(精密計測・低ノイズ)

非常に小さな信号の変化を捉えたい、またはノイズの影響を極限まで抑えたい場合は、デルタシグマ型が最適です。演算処理とデジタルフィルタ処理が必須なためスループットは遅くなりますが、実効分解能(ENOB)が高いため、精密温度計測や音響機器など、最高精度が求められる用途で優位性を発揮します。

●汎用性・低消費電力が最優先の場合(組み込み・バッテリー駆動)

速度と精度が中程度(10~16ビット程度)で十分であり、特にバッテリー駆動や低コストが要求される場合は、逐次比較型(SAR型)が適しています。数百kHzから数MHzの応答速度が求められるモーター制御装置や、一般的なセンシングのデジタル化に広く採用されています。

他にも、逐次積分型、フラッシュ型という方式があります。
逐次積分型(デュアルスロープ型)は、積分動作を利用してノイズに強く非常に安定した平均値を得ますが、極めて低速です。主にデジタルマルチメータなどの測定機器に限定して用いられます。
フラッシュ型は、入力電圧を複数の比較器で一斉に比較し、瞬間的な変換を実現します。極限の高速性が強みですが、コストと消費電力が大きすぎるため、特殊な研究・計測用途に限定されます。

AD変換ICやユニットを選ぶ際は、これらの方式の特性に加え、分解能(ビット数)・サンプリングレート・インターフェース(SPI、I²C、USBなど)を総合的に確認し、自社製品の要求性能に最適な方式を選定することが、開発効率と製品品質の向上につながります。

AD変換方式の選定時における注意点と設計上のポイント


AD変換器を製品に組み込む際は、単に変換方式を選ぶだけでなく、周辺回路設計やノイズ対策を含めた全体設計が重要です。変換精度や安定性は、回路構成、基板設計、電源品質などにも大きく左右されます。

まず、最終的な変換精度や安定性を引き出すには、リファレンス電圧とアナログ入力回路の品質に細心の注意を払う必要があります。

●リファレンス電圧の安定性

AD変換は入力電圧を基準電圧(Vref)と比較して行うため、Vrefが不安定だと誤差に直結します。高精度を確保する最大の鍵は、温度変化に対して安定し、ノイズの少ない低ドリフトのVref ICを選定して電源ノイズの影響を受けないようデカップリングを徹底することです。

●アナログ入力回路(フィルタとアンプ)

入力段のアンプ回路やフィルタ設計が不十分だと、ノイズや信号の歪みが変換結果に影響します。特に、標本化の前段に配置するアンチエイリアスフィルタは必須であり、不要な高周波成分を除去する役割を持ちます。

次に、ノイズ対策と基板設計は、ADCのカタログスペックを最大限に引き出すために不可欠です。

●グラウンド(GND)の分離と配線

ノイズ源となるデジタル部と高精度が求められるアナログ部のグラウンドは、AD変換器直下で一点接続(スターグラウンド)とするなど、リターン電流が干渉しないように設計することが推奨されます。

●レイアウトの原則

配線はできるだけ短くし、アナログ信号ラインと高速なクロックラインを離してレイアウトします。外部ノイズの影響を減らすため、シールドやツイストペアケーブルを採用する方法も有効です。

さらにAD変換器の誤差要因として、原理的な量子化誤差以外にも、オフセット誤差、ゲイン誤差、微分非直線性(DNL)、積分非直線性(INL)などがあります。
これらの誤差はデータシートで確認できるため、特にINL(入力信号に対する出力の直線性のズレ)はAD変換器の精度を判断する上で重要な指標です。必要な精度に応じて許容範囲を設定し、選定の判断材料とすることが重要です。

最後に。システム全体のインターフェース設計にも注意しましょう。
マイコンと接続する場合はSPIやI²C通信、PC計測ではUSB接続型ユニットなど、データ転送速度や通信方式を考慮して選定します。また、高分解能のAD変換器はデータ量が増えて処理時間も長くなる傾向にあり、高速サンプリングに特化した設計では分解能が犠牲になることもあります。製品の用途に応じて、必要な精度と応答速度の最適点を見極めることが重要で、設計段階から変換方式と回路構成を一体で考えることが、最終製品の品質を大きく左右します。

AD変換はアナログ信号をデジタル処理する上で欠かせない技術です。特に開発担当者の方は、製品の要求仕様に基づき、SAR型、デルタシグマ型といった主要方式の中から、トレードオフを考慮して最適な方式を選定する必要があります。
方式の選定だけではなく、リファレンス電圧の安定性やアナログ/デジタルGNDの分離といった設計上の工夫も、最終的な製品の信頼性と実効分解能(ENOB)を左右します。

これらの原理と注意点を押さえたうえで、製品にあったADCを選択することで、高精度かつ信頼性の高い製品開発が実現します。データシートをご確認いただき、ぜひ本記事で得た知識を今後の設計開発にお役立てください。